不登校は最悪?

不登校に思うこと

不登校の真っただ中にいると、悲しくて、苦しくて時には生きていることさえつらくなる。「最悪」としか思えない。真っただ中にいる時は私もそうでした。でも、今の私は最悪ではないと思っています。不登校になって救われた部分がある。そこに気がついてもらえたらな、と思ったので今日はそんなことを書いてみます。

「最悪」思える不登校を選んだことによって「最悪」から離れられる。だってお子さんがつらいって感じる場所から遠ざかることができたんですから。

少しだけ我が家のこと

我が家の息子は今、通信制高校3年生。不登校期間は2年生が終わる直前の2021年2月末~2021年6月。3か月と少しです。この期間中は、本当につらかった「私たちには明るい未来なんてやってくるはずない。」って思い込んでいました。不登校のキッカケは人間関係のからまり。当時の私には息子の気持ちはまったく理解できませんでした。そして「なんで?なんでそんなことで行けなくなるの?」、「気にしなければいいじゃない。」、「大事なのはそんなことより勉強でしょう?」、「弱すぎるよ、情けない」って息子のことを責めていたし「絶対に今の高校に戻れるよ」、「明日こそ行けるよ」ってふり絞るように自分に言い聞かせていました。今までの生活が一変した、みんなちゃんと行けているのにうちの子だけ行けない。

まさに「最悪の事態」。そんなふうに感じていました。

実は息子は2年生で関係がからまった相手と同じクラスになって、毎日顔を合わせる生活を送っていたんです。いじめとか意地悪はありませんでしたが「学校は味方が誰もいないひとりぼっちの世界。」そんなふうに感じていたようです。ですから、本当は2年生が始まってからずっと、つらくてしんどい気持ちでいっぱいだったのです。

「ほんとはもう限界。行くのがつらい。でも、休みたいって言えない。心配かけるし、きっと理解してもらえない。言っても無駄。」そう感じて、息子はつらい気持ちを抑え込んで学校に通っていました。

あのまま行かせていたら

つらい気持ちに抑えがきかなくなって、とうとう息子の心の中に「希死念慮」が芽生えてしまいました。(希死念慮:問題から逃れるために死んでしまいたいと思う気持ち)何度も息子の頭を死がよぎったそうです。息子は耐えられなくなって「お母さん、学校休ませて。」と言いました。

「何を甘えたことを言っているの。」当時の私はそう考えながらも、息子のことでお世話になっていたカウンセラーの先生に相談しました。返ってきた言葉は「今、大事なのは休ませてあげることです。」ぼう然としたことを覚えています。

カウンセラーの先生は「このまま行かせると命の危険がある」とおしゃいました。「逃げたい」でいっぱいの息子の心はふとしたきっかけで死のほうへ転がり落ちてしまう状態。ほんの些細なことが転がり落ちるきっかけになることもある。ギリギリの状態でした。

あの時、息子を無理に学校に行かせていたら、もう話すことも、一緒に動画を見ることも、イライラすることすらできなかったかもしれない。そう思うと今でも涙があふれてきそうです。

不登校を選んだからこそ

休むことを決めた瞬間に、息子は自分にとって一番つらい場所から遠ざかることができた。自ら消えてしまう、そんな「最悪」の事態から逃げ出すことができたんです。学校に行かないことを決めたその時から目には見えなくても安心が増え、心は回復に向けて小さく進み始めたのだと思います。そして、今、息子は笑ったり、怒ったり、悩んだりしています。生きているからこそできる経験、感じる気持ちを身体や心の深い場所に積み重ねています。

そして、それを見守る私はドキドキ・ハラハラ・ジンワリ。つらい場所から裸足で逃げ出したからこそ「最悪」を遠ざけることができた。

※ひとつだけ誤解のないようにしていただきたいのは、私は「不登校こそ最高!」とは思っていません。それぞれのお子さんが安心できる選択ができることが大事、と思っています。今回この投稿をしたのは「不登校を選んだけれど自分を責めているお母さんを元気づけたいな。」と思ったからです。

みなさんとみなさんのお子さんが安心してすごせますように。

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